「ねこだるま」展が開かれたのは2010年1月。小さなギャラリーに並んだのは、箱をキャンバスにした作品群だった。タイトル通り猫をモチーフにしているが、単なる動物画ではない。古い木箱や紙箱をそのまま作品の一部として使い、箱の形状や質感を活かしながら猫を描き出す。
箱の蓋を開けると、本物の猫が丸まっているような立体感が生まれる。アクリル絵具や墨に加え、布や糸の繊維も組み合わされ、思わず触れたくなる温かみがある。箱が持つ傷や色あせが作品に深みを与え、新品では出せない味わいを醸し出す。

展示空間の工夫
ギャラリーは天井が低く白い壁が続く空間だが、展示はその特性を活かしていた。作品は壁に掛けられるだけでなく、床に直接置かれたり、台の上に積み重ねられたり。箱の本来の用途を意識した配置だ。
来場者は自然と腰をかがめて作品を覗き込む。その姿勢は、猫と向き合うときの視線と同じ角度を作り出す。照明も斜めから当てられ、箱の内側にできる影が猫の輪郭を際立たせていた。会場には微かに和紙の香りが漂い、視覚以外の感覚にも訴える。
作品に込められた技法と素材
作家がこだわったのは、箱の蓋と本体の接合部の処理だ。多くの作品では蓋を半開きに固定し、その隙間から猫のしっぽや耳がのぞくように作られている。鑑賞者は「箱の中を覗いている」という能動的な体験を得る。単に眺めるのではなく、自ら発見する楽しみがある。
素材選びも多岐にわたる。桐の箱、段ボール、ブリキの菓子缶、古い本の函――それぞれの素材が持つ質感や記憶が猫の表情と響き合う。例えば、錆びたブリキの箱に描かれた野良猫の目は、金属の冷たさとは対照的に温かい光を宿していた。作家は「箱を選ぶことから制作が始まる。箱が語りかけてくる物語を猫の形で引き出している」と話す。
- 桐箱:柔らかな木目が子猫の毛並みと調和
- 段ボール:野良猫の生活感を強調
- ブリキ缶:光の反射で猫の目に輝きをプラス
- 本の函:知的な雰囲気の中に猫の神秘性を演出

「ねこだるま」というタイトルの由来
タイトルには二重の意味が込められている。第一に、猫が丸くなって眠る姿がだるまの形に似ていること。第二に、だるまのように「転んでも起き上がる」縁起物のイメージを猫に重ねていることだ。会場には猫が転がる瞬間を捉えた作品や、倒れてもすぐに立ち上がる猫の連作が並び、訪れた人々の笑顔を誘っていた。
小さなギャラリーだからこそ生まれる体験
この展示は、大規模な美術館では味わえない親密さがあった。作家と来場者の距離が近く、制作中のエピソードや素材の調達方法など、作品の背景を直接聞く機会も設けられていた。そうした対話が作品への理解を深めた。
ギャラリーの運営者は「箱という日常的な容器が、アートによって全く新しい意味を持つ瞬間を届けたい」と話す。来場者はお気に入りの作品の前で長く立ち止まり、箱の中の小さな世界に没入していた。会期はわずか10日間だったが、連日多くの人が訪れ、中には何度も足を運ぶリピーターもいた。彼らは毎回違う角度から作品を眺め、光の加減で変わる猫の表情を楽しんでいた。
