2010年7月、ある小さなギャラリーで開かれた「hako 2010 07」展は、箱という日常的な形態をテーマに、作家たちがそれぞれの素材と技法で表現に挑みました。会場には、キャンバスに描かれた絵画、ガラスや木で組み立てられた立体、壁面を覆うコラージュ、写真プリントが並び、いずれも「箱」を内包しながら、その解釈は驚くほど多様でした。
絵画とコラージュ:平面の中の箱の存在
出品された絵画作品の多くは、箱を単なる幾何学図形ではなく、記憶や感情を収める器として描いていました。油彩やアクリル絵具で重ねられた筆致の奥に、開かれた蓋や半透明の仕切りが描かれ、見る者に「その中に何が入っているのか」という想像を促します。一方、コラージュ作品では、古い手紙の切れ端や布地、印刷物の断片が箱の形に配置され、時間の堆積を感じさせる質感を生み出していました。
特に印象的だったのは、ある作家が木箱の実物をキャンバスに固定し、その表面にさらに絵具で窓や扉を描いた作品です。現実の立体と錯覚の平面が混ざり合い、見る角度によって作品の表情が変化する仕掛けに、多くの来場者が足を止めていました。

写真が捉えた箱と影
写真作品では、日常の風景に忽然と現れる箱のようなフォルムに焦点が当てられました。路上のダンボール、工事現場の仮囲い、窓辺の収納ケース——それらをモノクロームで切り取ることで、被写体は実用性を離れ、抽象的な記号として浮かび上がります。影の落ち方や光の反射が箱の輪郭を際立たせたり、逆に曖昧に溶かしたりする様子は、写真ならではの観察眼を示していました。
ミクストメディアと立体作品の広がり
立体作品では、木や金属、紙、樹脂など多様な素材が用いられました。ある作家は、引き出し付きの小さな木箱を数十個作り、それぞれの引き出しの中に異なる質感の布や石、ガラス片を収めて展示。来場者が自由に引き出しを開けられるインタラクティブな要素もあり、触覚を通じて作品に関わる体験が提供されました。
別の作家は、アクリル板と鏡を組み合わせた透明な箱の内部に、細かく折り紙を施した紙片を封入。外光の加減で内部の見え方が変わるため、時間帯によって異なる表情を楽しむことができました。素材そのものの性質を活かしたこうした試みは、箱を「見る」だけでなく「感じる」対象へと変えていました。

制作のプロセスを垣間見る
会場の片隅には、作家たちが実際に使用した道具や材料のサンプル、制作途中のスケッチが展示されていました。絵筆やカッターナイフ、木片や接着剤の跡が残る作業台の再現は、完成した作品だけでは見えない試行錯誤の過程を伝えていました。来場者からは「どのようにしてこの形が生まれたのか」「素材の選び方にどんな意図があるのか」といった質問が自然と上がり、作家との対話が生まれる場面もありました。
この展覧会のように、箱というテーマを多角的に掘り下げた試みは、2009年末の「箱の中の宇宙:2009年「hako」展とそのデジタル記録」や、同年11月の「林静一の箱作品展」とも通じる、ギャラリーならではの地道なキュレーションの積み重ねを感じさせます。限られたスペースだからこそ、一つのモチーフに集中し、異なる表現方法を並べることで、見る側の解釈の幅が広がるのだと改めて気づかされます。
箱が開く対話と想像力
会期中には、作家を囲むトークイベントも開かれました。参加者からは「箱という日常品が、なぜここまで多様な作品を生むのか」という素朴な疑問が投げかけられ、作家たちはそれぞれの制作背景や着想のきっかけを語りました。ある作家は「箱は閉じているからこそ、中身を想像させる。その想像力を信じることが作品づくりの出発点だ」と話していました。閉じられた箱の蓋の向こう側に、見る人それぞれの物語が広がっている——その言葉は、展覧会全体を貫くテーマを静かに照らし出していました。
