ギャラリーhakoの2011年9月展は、絵本の原画とその制作過程に焦点を当てた展示だった。限られた箱の中に、イラストレーターたちがどのように物語を紡ぎ、紙とインクの上に世界を築いていくのか——そのプロセスそのものが作品として提示された。会場には完成した絵本のページだけでなく、ラフスケッチ、下書き、色見本、試し刷りなど、通常なら読者の目に触れない制作の痕跡が並んだ。
この展示の特徴は、箱を「本の構造」に見立てた点にある。箱の奥行きを本の背に見立て、開いた蓋を表紙ととらえることで、鑑賞者はまるで一冊の絵本をめくるように展示を巡ることができた。各作家は自らの絵本の一場面を箱の中に立体化し、その隣に制作過程の資料を展示。完成作品とその裏にある試行錯誤を同時に体験できる構成だった。

展示の構成と作家たちのアプローチ
参加したのは、いずれも出版実績のある絵本作家やイラストレーターで、使用する技法も水彩、アクリル、コラージュ、ペン画、版画とさまざまだ。共通していたのは、どの作品も「箱」という枠組みを意識的に活用していたこと。例えば、ある作家は箱の内側に物語の背景を描き、手前に切り抜いたキャラクターを配置して奥行きのあるジオラマを生み出した。別の作家は箱を開いた瞬間に飛び出すポップアップの仕掛けを施し、鑑賞者の驚きを誘った。
制作過程の展示では、以下のような資料が公開された。
- 最初のアイデアを描いた小さなラフノート
- キャラクターのデザイン案(何度も描き直された形跡)
- 色彩を決めるための色見本と配色メモ
- 印刷見本と本番の紙の比較サンプル
- 最終原画と、その部分拡大写真(筆致がわかる)
これらの資料は、完成した絵本の美しいページだけでは伝わらない、作家の思考の流れや技術的な選択を浮き彫りにした。特に同じモチーフを何度も描き直したスケッチの連続は、一見すると単純な線画にも緻密な計算が隠されていることを教えてくれる。
箱と本の構造的な相似性
ギャラリーhakoのシリーズでは、これまでも箱をキャンバスや展示台として使う試みが数多く行われてきた。今回の展覧会はその流れをさらに進め、箱を「本」そのものとして捉え直した点でユニークだった。箱の蓋を開ける動作は本の表紙を開く動作と重なり、箱の中に広がる空間はページをめくった先に広がる物語の世界を象徴していた。
この構造的な相似性は展示の随所に仕掛けられていた。箱の側面に背表紙風のタイトルが貼られていたり、箱の底に奥付のような作家コメントが記されていたり。こうした遊び心が、鑑賞者に「本を読む」という行為そのものを再認識させる。

制作過程の公開がもたらすもの
絵本の魅力が完成した物語と絵にあるのはもちろん。しかし、その背後にある制作の営みを知ることで、作品への理解は一段と深まる。今回の展示では、作家自身が会場に立ち、来場者に制作のエピソードを語る時間も設けられた。ある作家は「このキャラクターの表情を決めるのに、実際に鏡の前で自分の顔を何度も動かして描いた」と話し、来場者からは笑いと共に共感の声が上がった。
こうした直接的な交流は、ギャラリーhakoの展覧会が大切にしてきた要素だ。過去の展示でも、作家と鑑賞者の距離が近いことが特徴だった。例えば、小さな箱が開く物語――ギャラリーhako 2011年2月展覧会では作家が自ら作品の制作背景を語るトークイベントが開催され、好評を博した。また、箱展覧会「hako」のデジタルアーカイブ — 制作過程と展示の工夫でも、展示の裏側を記録する試みが行われている。
素材と技法に見る個性
絵本の原画を箱に展示する際、照明や配置には細心の注意が払われた。水彩画は紫外線による退色を防ぐため、箱の内側にUVカットフィルムを貼ったアクリルケースで保護。コラージュ作品は紙片の浮き上がりを防ぐため、額装ではなく箱の底面に直接固定する方法が採られた。こうした展示の工夫自体が、作品をより長く、より美しく鑑賞するための知識を提供していた。
参加作家の中には自ら製本技術を持つ者もおり、箱の中でページをめくれる仕組みを手作りで組み立て、鑑賞者が実際に箱の中で本を開く体験をできるようにした。その小さな手製本には和綴じやフランス装などさまざまな製法が用いられ、見る人の関心を集めていた。
2011年9月展は、絵本という身近なメディアを、制作の視点から見つめ直す機会を与えてくれた。箱の中に凝縮された一冊の物語と、その背後にある無数の選択と努力。それらを目の当たりにした来場者は、帰り際に手にする絵本の一ページが、以前とは違って見えたに違いない。
