「hako」展は、箱にまつわる作品を集めるかたちで、そのつど展示を重ねてきた。平面の絵画も、写真も、コラージュも、立体的なオブジェも、本の形をした作品も、箱という条件を与えられれば同じ展示室に並ぶ。2009年末の展示から2012年7月の「hako 2012 07」展まで、このシリーズは多様な表現を一つの問いへと収束させてきた。箱という問いは、作家の数だけ答えを持つ。

箱がキャンバスになるとき
箱は作品の台座であり、キャンバスであり、小さな展示室でもある。外側は一枚の画面になり、内側は奥行きを帯びる。蓋を開けたときだけ現れる絵、側面に貼られたコラージュ、底に組み込まれた立体。作家はそれぞれのやり方で、箱の「面」と「内部」を使い分けてきた。
このシリーズで見られる作品の形は、おおむね次のように整理できる。
- 外側に描かれた絵画やコラージュ
- 内側に組まれた立体的な部屋やジオラマ
- 写真や本を収めた箱型の額縁・ケース
- 蓋の開閉によって現れたり隠れたりする仕掛け
写真を扱う作家にとって、箱は額縁のように写真を切り取る装置になる。ミニチュアの家具や人形を組み込む作家にとって、箱は一軒の家や一つの街に変わる。油彩の筆致は箱の小さな面でいっそう強く見え、コラージュの紙の縁は、手が届きそうな近さで目に入る。
「箱がなければ作品が成立しない」という制約は、不自由さではなく表現の起点として働いてきた。同じサイズの箱でも、作家が違えば別の宇宙が生まれる。すでに2010年7月の展示では、箱というモチーフが開く多様な表現が紹介されている。
小さな空間で見る細部
ギャラリーの展示室は広くない。大きな絵を部屋の反対側から眺めるような見方は、ここではあまり意味を持たない。箱の作品は視線を自然と引き寄せ、鑑賞者は箱をのぞき込むように近づき、中のディテールを一つずつ確かめることになる。
実物を間近で見ると、写真では写りきらない細部が目に入る。筆の跡、紙の質感、貼り付けられた写真の縁、小さな文字、塗り重ねられた下地の色。そうした細部は制作の過程を想像させ、作品の裏側や側面まで見る習慣を生む。小さな箱だからこそ生まれる近さである。2010年11月の展覧会レポートが伝えた「箱の中の無限の世界」という言葉も、このシリーズの鑑賞体験をよく言い表している。
素材と制作の過程
箱作品の面白さは、使われる素材が身近なことにある。木、紙、布、古い本。特別な画材でなくても、箱という形を与えられると作品になる。制作の過程を思い浮かべるのも楽しい。下地を塗る、面を切り出す、写真をプリントする、内側に部屋を作る、蓋の開閉を調整する。作家によって、作業の順序も道具も違う。
| 素材 | 作品に与える印象 |
|---|---|
| 木 | 温かみのある質感と重み |
| 紙・古い本 | 薄い層の重なりと手仕事の痕跡 |
| 写真 | 現実の断片を額縁のように切り取る |
| 布 | 柔らかな陰影と時間による変化 |
作業の痕跡は完成した作品にも残る。箱の内側のはみ出したのり、蓋の裏に書かれたサイン、控えめに貼られたタイトル。このシリーズでは、そうした制作の背景が作家との対話とともに紹介されることもあり、作品をいったん見たあとに話を聞くと、箱の見え方ががらりと変わる。
一枚のHTMLとして残す記録
このシリーズには、展示そのものと同じぐらい丁寧に続けられてきた仕事がある。記録の仕事だ。2009年12月の展示以来、会場の様子や作品の一覧を一枚のHTMLファイルにまとめ、公開し続けてきた。展覧会は会期が終われば会場から姿を消すが、記録が残っていればいつでも見返すことができる。
一枚のページに収めるという制約は、展示の箱と同じ役割を果たす。写真の並び、作品情報の配置、ページを開いたときに目に入る順序。記録を作る側にも、「何をどの順番で見せるか」という箱詰めの作業がある。箱の蓋を開けるように記録のページを開き、気になる作品を拡大して細部をのぞき込む。展示が終わったあとも、その小さな世界はHTMLのなかに居場所を持ち続ける。見る側はいつでも、好きな箱から開けることができる。
