2015年11月、大阪・北堀江のギャラリーhakoで開かれた「ジン・デイ」。ミニチュアの箱作品と、ZINE(個人制作の小冊子)という自由な表現メディアを同時に楽しめる展覧会だった。会場は壁に並ぶ箱とテーブルに広げられたZINEが混ざり合い、小さな図書館のような空気に包まれていた。
ZINEと箱——二つの「小さなメディア」の共鳴
ZINEは、商業出版の枠組みを離れて個人が作る出版物。コピー機で刷った数ページのものから丁寧に製本された一冊まで、形態はさまざまだ。ギャラリーhakoが大切にしてきた「箱の中の小さな宇宙」というコンセプトは、ZINEが持つ「手のひらサイズの物語」と自然に響き合う。箱もZINEも、限られたスペースに作者の世界観を凝縮する点で共通している。会場では箱作品と並んでZINEが展示・販売され、来場者は手に取ってページをめくりながら、作者と直接会話を楽しめた。こうした「作者と読者が出会う場」としての機能は、ギャラリーhakoの対話型展示スタイルそのものだった。

展示のハイライト——箱の中のZINE的世界
特に印象的だったのは、ZINEのページを切り取って箱の中にコラージュした作品群だ。ある作家は、自身のZINEに掲載したイラストをミニチュアの額に入れ、箱の奥に配置することで、本の挿絵が飛び出してきたような立体感を生み出した。別の作家は、ZINEの表紙を箱の蓋の内側に貼り、開けるたびに別の物語が始まる仕掛けを施していた。
素材は紙、布、木、金属、アクリル絵の具、押し花やビーズなど多岐にわたった。切り絵、シルクスクリーン、手縫いの製本——それぞれの作家が得意とする技法が、箱という小さな舞台で競演していた。ギャラリーhakoの箱展の系譜は、過去に「箱という小さな宇宙」や「箱という小さな舞台」といったテーマで数多くの展示を重ねてきたが、この「ジン・デイ」は紙と印刷物に特化した新しい試みだった。
ZINEの魅力——手触りと偶然性
ZINEの魅力のひとつは、その「不完全さ」にある。商業出版物のように均一に印刷されたページではなく、手作業で折り、ホチキスで綴じた一冊には、製本のずれやインクのかすれが生じる。だが、それこそが作者の手の温もりを伝え、読者に「この本は誰かが作った」という実感を与える。
会場では、実際にZINEを手に取りながら、作者が「このページは最初に刷り損じて、やり直したんです」と笑いながら説明する場面も見られた。こうした対話は、ギャラリーhakoが大切にしてきた「作品を通じた交流」そのもの。過去の展示でも作家が在廊して直接話を聞く機会はあったが、この日はZINEというメディアの特性が、交流をより親密なものにしていた。
展示作品の具体例——紙と箱が織りなす物語
ある作家は、A5サイズのZINEを箱の形に折りたたみ、開くと立体的なジオラマが現れる仕掛けを制作。表紙をめくると、中のページが階段状に組み上がり、小さな街並みが出現する。箱とZINEの境界を曖昧にする挑戦的な試みだった。
別の作家は、ZINEの各ページに箱のミニチュア写真を掲載し、実際の箱作品と見比べながら鑑賞できるようにした。ZINEの中の写真と目の前の実物——その二つを交互に見ることで、作品のディテールや素材感がより深く理解できた。平面と立体の往復が、来場者に新たな視点を提供していた。

ギャラリーhakoにおけるZINEの位置づけ
ギャラリーhakoは、箱という限定された空間の中でいかに無限の物語を紡ぐかをテーマに活動してきた。2013年の「アッペルガースの箱作品—素材が生み出す小さな宇宙」や「箱という小さな舞台——ギャラリーhako 2013年5月展の記録」など、過去の展示は主に立体作品が中心だった。しかし、2015年の「ジン・デイ」は紙という平面メディアを箱の文脈に取り込み、新たな表現の可能性を切り開いた。
ZINEは、箱作品と同様に「手のひらに収まるサイズ」でありながら、ページをめくるという時間的要素を持つ。箱が「空間の中の物語」だとすれば、ZINEは「時間の中の物語」。この二つが合わさることで、来場者は空間と時間の両方を旅するような体験を得た。
作家たちの素材へのこだわり
ZINEの制作では、紙の質感やインクの発色に細心の注意が払われていた。ざらつきのある和紙を使い、表紙に布を貼って質感を強調した作家。コピー機のトナーがにじむ効果を逆手に取り、あえて粗い印刷を選んでレトロな風合いを出した作家。箱作品に木材やアクリル絵の具を選ぶのと同じように、ZINEにおいても「素材そのものの声を聞く」姿勢が貫かれていた。
来場者の反応——手に取ることの喜び
会場では、来場者が次々とZINEを手に取り、ページをめくる音が絶えなかった。「本屋では見つけられないような、個性的な作品ばかりで感動した」と話す来場者。「作者と直接話ができて、作品への理解が深まった」と評価する声も聞かれた。
ギャラリーhakoの展示は常に「作品と鑑賞者の距離の近さ」を大切にしてきた。この「ジン・デイ」も例外ではなく、来場者は作品をガラスケース越しに見るのではなく、自分の手で触れ、ページをめくり、匂いを感じることができた。デジタルでは決して得られない、アナログならではの豊かさがあった。
展覧会の意義——小さなメディアの可能性
箱とZINEという二つの小さなメディアが、空間と時間の両方を旅させる展覧会だった。来場者の手に残るのは、紙の感触と、作者の語り口。手のひらサイズの作品や本の中に、それぞれの世界が広がっていた。
